劉備玄徳について語るスレ

1: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/08(日) 09:40:42

ネタスレとか叩きスレではない、劉備玄徳について語るスレが
なさそうだったので立ててみました。
蜀漢王朝を正統とする後世の人々の見方の流れから、
三国志平話や三国志演義で主人公として扱われ、
純粋な善人として見る事には疑問が呈示される現代においてもなお
漫画、ゲーム、小説で主人公として扱われる事の多い
自称中山靖王の子孫、蜀漢の初代皇帝にして関羽と張飛のアニキ
劉備について語ったり考察してみましょう。ただ萌えるだけでもOKです。
演義と正史の劉備の違いについても考察しましょう。

2: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/08(日) 09:43:19
そんなあなたに蒼天をお勧めする
3: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/08(日) 09:48:17
自分の息子をぶん投げる劉備萌え
4: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/08(日) 19:33:29
演義:善の塊のような人。
蒼天:やるときはカリスマ性があるが、普段はorz
無双:演義と同じく善人。ちょっときちゃってる感じがする
7: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/09(月) 03:35:51
乱世の姦雄ってのは曹操よりむしろ劉備に当てはまる気がする。
8: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/09(月) 03:46:52
劉備にも当てはまるかもしれんが、姦雄っぷりでは曹操が上じゃまいか?
梟雄というのも少し違う気もするが
9: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/09(月) 07:33:52
奸雄というには、劉備はあまりに不器用すぎる…
劉備には、その気になれば地盤を安定させ
曹操と敵対できるチャンスがいくつもあったはず
曹操が力ずくで攻め込んだ徐州を、劉備が譲り受けたというのは
二人を対比するようで面白いエピソードだと思うけど
その徐州も呂布にあっさり奪い取られてるし
劉ソウが寝返ったとき、諸葛亮は劉備にジョウヨウを攻め奪うように言ったのに
生前劉表に世話になったのに何でその息子を攻めれるかと進言を退けたから
長坂でさんざんな目に会う
善人ではなくとも、要領の悪いお人よしだった
そこに惹かれる武将もいたんだろうか
10: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/09(月) 10:28:18
赤壁以前の劉備に地盤を安定させるチャンスなんかねーよ
11: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/09(月) 10:32:39
徐州があるぞ
12: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/09(月) 10:45:01
西は曹操、南は袁術、北に袁紹、東に海
敵しかいない状況じゃ無理無理
17: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/09(月) 15:22:06
>>12
全部と同時に敵対してた時期なんてないぞ?
13: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/09(月) 11:12:28
陶謙に徐州を託されたからって、ゲームみたいにいきなり州を掌握できるわけないもんな
曹操に攻められてボロボロの徐州を任されたわけだし、新体制も確立しなきゃいかんわけだし
呂布を迎え入れなかったとしても、徐州を守るには体性を整える時間を稼がなきゃならん
曹操、袁術との同盟は絶対無理でも袁紹と組む事はできたんじゃまいかと思うのだが
多分そんな暇なくあぼーんだろうな
15: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/09(月) 12:40:42
実際、まともに地盤と言えるのは荊州が初めてだろ
それまでは他の軍閥のヒモ付きか、あまりに不安定なものばかりだ

むしろ、あれだけ敗走し、さらには朝廷に弓引いたりしている(朝廷が正式に任命した刺史を殺して反乱)のにもかかわらず名望は損なわれていないというあたり、とんでもない人物だと思う

16: _ 投稿日:2005/05/09(月) 15:18:20
大義のために小義を捨てることは玄徳的にはいけないのだろうか
なにはともあれ漢の再興が目的ならば、劉表くらいなんでもござれ
19: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/09(月) 19:43:26
>>16
同じように大義(天下の平定)のために小義(漢室)を蔑ろにした曹操は酷い言われよう。
現実に中原に安定と復興をもたらしたのは曹操なのにねえ。
20: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/09(月) 20:30:50
劉表の死後ジョウヨウ攻めてれば本当に成功したかも疑問に思える
すぐそこまで曹操が迫ってきている状況で、そんな暴挙に出て果たして持ちこたえられたかどうか
『義の人』劉備の人気はガタ落ちだろうし、そうなると荊州の士大夫の反劉備派はさらに増えるだろう
呂布に対する陳登親子の二の舞にもなりかねない。そんな状況で曹操の大軍に対して篭城したところでジリ貧ではないか?
劉備の本音は世話になった劉表云々というより、曹操が怖かったのではないだろうか?
とりあえず出来る限り曹操から遠ざかろうと逃げ出したのは正解だったように思う
21: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/09(月) 21:11:11
>>20
同意
結果論ではなく、劉備はあの時点で考え得るベストな選択をしたと思う
逆に言えばそれだけピンチだったわけだが、それを生き延びるどころか荊州支配に持って行ったんだから、ものすごい逆転劇だよな
22: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/09(月) 21:56:28
そう考えると、劉備って実は凄い頭良いやつだったんじゃないか
まあ兵法に関してはちょっとだめぽだけど
悪い意味で言ってるわけではなくて、
逃げる天才というか
三十六計逃げるに如かずだし
23: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/09(月) 21:59:46
夷陵でも生き延びてるし
サバイバル能力なら三国志中No1だろ
No2は曹操
25: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/10(火) 01:20:31
聞こえてくるのは凄腕の傭兵集団の頭領で戦争経験豊富、かつ並ならぬ人徳がありしかも皇族らしいという評判
会ってみれば大耳で腕長という常人離れした容貌、しかも両脇には尋常じゃない大男を従えている
接してみると何度も死線を潜り抜けてきた凄みと人情味のある親分肌な性格で、高祖劉邦を思わせる

「こりゃちょっと多分きっとマジでかなり只者じゃねぇかも!」

陶謙も呂布も曹操も董承も袁紹も劉表も魯粛も孫権も劉璋も諸葛亮や劉備についていった群臣たちも
おそらくそう思ったはず
俺ももしその時代に生まれていたら、多分きっとマジでかなり無条件で劉備についていくと思う

33: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/11(水) 02:33:00
どれだけ逆境でも配下に去られたことがほとんどないのはすごいと思う。
入蜀前に劉備の元を去ったのって陳群と徐庶くらいしか思い浮かばない。
37: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/11(水) 10:35:04
むしろ、徐州豪族で、徐州を失っても劉備に付き従ったのって、ビ兄弟以外に誰がいる?
38: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/11(水) 11:48:44
豪族は土地につくから、逃げた奴についていくほうが珍しいだろう

それでも劉備についていった奴がいる、という言い方が正しいんじゃないか

40: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/11(水) 13:36:06
配下が劉備を見捨てたんじゃなく、劉備が配下や土地を捨てて逃げたわけで

それでもついていった奴が、官吏や豪族にもいるってのは劉備の持つカリスマか

41: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/11(水) 13:44:30
まあ普通は個人じゃなくてその土地の太守に仕えるもんだろうしなあ
付いてきた方が異常だよな
42: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/11(水) 14:16:49
だからこそ凄いんだろ
49: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/11(水) 17:17:48
腕が長い
70: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/12(木) 15:29:49
人脈を通じて推挙され、真面目に勤めて力を得てゆくのが普通だろう
孫堅や董卓みたいに腕っぷしでのし上がるのも乱世ならおかしくない
でも劉備みたいに行き当たりばったりで放浪したあげく結局成功しちゃう奴って他にいないよな
75: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2005/05/12(木) 16:58:20
>>70
ようするに劉備は、不思議な魅力と
途中であきらめて投げ出したりしなかったのと
逃げるのが上手だったのと、
あと最後には、やっぱりとてつもなく運が良かったんだと思う
もちろん単に運が良いだけで、上に書いてる要素が備わってなければ
成功しようはずもなく
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