もし関羽以外の者が荊州を守っていたら?

1: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/08(土) 09:44:56 ID:sifnyPMa0

 劉備がもし関羽以外の者に荊州を任せていれば、荊州を失わずに済んだだろうか?
それともやはり呉に荊州を奪われてしまう結果は変わらなかっただろうか?

2: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/08(土) 09:46:16 ID:xRy6bexu0
そもそも劉備陣営に、関羽以外に、
荊州を任せられるほどの人物がいたかどうかだな。
4: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/08(土) 11:30:46 ID:vh7XIAOc0
>>2
張飛がいる。
信用度も関羽と同等だし(後に外戚になるから建前上は関羽以上か)軍を率いた実績も後世から見たら関羽以上。
あと何気に土地を治める才覚も悪くは無かったみたいだね。
士大夫に対しては腰が低かったので結構上手くいったかもしれんw
結局、劉備は張飛はずっと手元に置くという選択をしたわけだけど・・・
3: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/08(土) 10:55:32 ID:Q6oeraLcO
孔明しかいないが
4: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/08(土) 11:30:46 ID:vh7XIAOc0
>>3
諸葛亮が実績で頭角を現すのは入蜀以降で、はっきり言って30才そこらのぺーぺーに人が付いて行くは思えん。魏延もしかり。
入蜀時に任せられるのは関張の2択で、その後漢中王僭称時の人事で変えられるとしても4択。

①関羽・・・信用、実績、名声文句なしで留任
②張飛・・・同上だが手元に残したい
③馬超・・・名声は匹敵するが信用度は疑問だし、涼州専用の駒
④魏延・・・大抜擢で漢中

漢中は独自に侵攻することないので、ほぼ防衛時の専門だけど、
荊州は独自で侵攻することもあれば防衛もあるだろうし、一番重要なのは呉との力関係。これらを満たす人が要る。
結局消去法的に関羽しかいなかったと思うよ。
あえて言えば、代役となりうるのは張飛だけ(その場合、関羽はずっと劉備の手元)。

6: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/08(土) 11:38:58 ID:Nca4cnyZ0
信用度だとしたら麋兄弟が関張に次ぐくらいなんかね?

麋竺に権限与えて荊州閥の将軍に輔佐させるとか。

7: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/08(土) 11:47:49 ID:6Dvzb71r0
じゃあ、劉備が荊州に残る。
8: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/08(土) 11:51:12 ID:ScFi1TyL0
無理だけどそれがいちばん
9: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/08(土) 11:51:31 ID:xbWIGx4V0
刑州で関羽の補佐に諸葛亮がついてればたぶん大丈夫だった
尊大な関羽も諸葛亮の言うことなら聞くし、諸葛亮も、関羽の機嫌の取り方みたいなのをよくわかっていた
12: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/08(土) 12:36:39 ID:YI8XawTI0
関羽でなければ、(+諸葛亮も難しそう・・)

劉封+張飛(ついでに黄忠もつけてやるか)
関羽は上庸から漢中・荊州の支援。
劉備の養子・劉封なら名前負けもする可能性が少ない。
劉封も関羽・張飛に認められようと奮起するだろう。

後継者問題で禍根を残すかもしれないがこれがベストじゃない?

24: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/09(日) 01:41:33 ID:N5gag23sO
関羽以外なら趙雲
27: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/09(日) 05:14:40 ID:Ldfpqplu0
>>24
あの時期で、趙雲にはそこまでの格はなかったんじゃないかな?
31: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/09(日) 11:52:02 ID:2643M5DT0
趙雲がいなかったら誰が劉備を守るんだ
33: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/09(日) 12:01:16 ID:I1RBgJ2B0
>>31
陳到とかどうですか?><
75: 投稿日:2007/09/14(金) 12:04:36 ID:ohUaDBiSO
張飛、縻方、陳到、李厳、馬良、魏延を残して、関羽派は漢中だろうね。
76: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/14(金) 14:26:46 ID:NtJTqGAXO
結局、蜀と荊州とどちらを重視するかによる。
蜀重視なら関羽は荊州残留だし、関羽以外に任せられる人材はいない。
荊州重視なら劉備自ら荊州に戻るべきだし、
そうなると蜀地内の安定は孔明の双肩にかかる。
漢中制覇から関羽の北上までの一連の流れは間違いではないし
兵勢から考えても一気に攻勢に出てよい局面。
やはり外交の不徹底が最大の敗因だろうね。
77: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/14(金) 14:48:32 ID:vM6w49Gf0
>>76
まっ結局はまとめる人材が何人かいればよかったのだよ
後、関羽とその他を円滑にまとめる誰かがな
92: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/16(日) 00:22:29 ID:+lSD3xve0
劉封の立場が不安定だったのが惜しいなあ
なかなか武勇に優れていたそうだし優秀なお付きが居れば
一方面だけでなく荊州全体を守れるくらいになってたんじゃないかな
93: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/16(日) 01:16:26 ID:MJ437q/mO
>>92
むしろ養子ではなく臣下であれば有力な候補だったろうね。
将器としては魏延にも匹敵しただろうし、猜疑の目で見られない臣下であれば
抜擢もありえたかも。
なまじ養子であったために無用な疑いも受けたみたいだし
権力も与えられなかったように感じられる。
94: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/16(日) 10:41:22 ID:yFBMtM/G0
臣下だったら余計無理だと思うが、劉封はまだ若くて武名も足りない
親族扱いだからこそ一方面を任せられた訳で、一臣下の身分で荊州を任せられる訳が無い。
また器の面でも孟達との一件を見るに荊州を任せるに足る器とは言い難いし。

元々荊州自体が不安定過ぎる、人材・兵士共に益州へと流出してる上に大勢力に囲まれた地域で
さらに劉備との義侠的な繋がりと個人の武名しかバックボーンの無い関羽しか、
荊州を任せられるに足る名声が無いところが、劉備側の人材層の薄さを物語ってる。
あと劉備の人材配置は軋轢を無視してる傾向があるから、そこも憂慮すべき点だと思う。

119: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/17(月) 15:57:04 ID:fHVcANqqO
てか黄忠って特別すごい武将でもないだろ
121: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/17(月) 16:34:52 ID:aF6IWUGl0
>>119
記述が少なすぎて、凄いのか凄くないのかすら解らん
125: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/18(火) 07:29:10 ID:EBW9STTI0
ここまで読んでみたがなかなか面白かった。
俺が皆の意見を読んだ限りではやっぱ関羽がベストっぽいな。
荊州維持については人事でどうにかできる問題ではない感じだね。
127: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/18(火) 11:40:06 ID:h7SRG6bC0
>>125
ベストというか、現状ではそれより優れた選択肢がなかったというか。

荊州維持に関しては、あの時点で北上した時点で間違いだからな。

135: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/28(金) 22:16:56 ID:UvYc0SCb0
極端なこと言っちゃうと
関羽であっても北上させずひたすら江陵守備。劉備も北伐を諦めて危急時に
すぐに援軍に派遣できる体制を整えておく。これなら荊州も失わなかった
だろうと思う。

逆に北伐を考えるのなら孔明の陸中対ですでにあるように呉との同盟・友好
関係が絶対不可欠。それが成しえないのなら、関羽の変わりに趙雲だろうと
張飛だろうと魏延だろうと劉備本人だろうと北伐は無理。

138: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/29(土) 19:09:49 ID:2UZ+ysZb0
>>135
孟達あたりとの連携が今ひとつ無かったのも痛いな
もし彼らの弁明通り上庸が不安定だったのならば、
安定するまでは無理な遠征は絶対厳禁だったと思う。
142: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/09/30(日) 02:23:15 ID:mq36XgJH0
>>135
荊州を防備一辺倒にするって感じだね。
同時に上庸を安定させたり、蛮族を帰属させたりしたら北伐が出来るだけの国力が手に入る。
劉備以下の年齢がネックになるけど、それを除けばまずまず良い案だと思う。
ていうか、これ以外に荊州を保持できる現実的な案ってあるだろうか?
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