「仮面の忍者赤影」の時代とは?

歴史雑談

1: 日本@名無史さん 2017/01/10(火) 22:08:39.16

「豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎だった頃、琵琶湖の南に金目教という怪しい宗教が流行っていた。
それを信じない者は恐ろしい祟りに見舞われるという。その正体は何か?
藤吉郎は金目教の秘密を探るため、飛騨の国から仮面の忍者を呼んだ。その名は…赤影参上!」

「仮面の忍者赤影」はいつの時代のお話なんでしょうか?


3: 日本@名無史さん 2017/01/16(月) 07:12:59.40
俺も幼少期に見て、当時気になってたんだよ。

秀吉がまだ木下藤吉郎の時代だから、戦国時代の1550年頃、16世紀半ばの話になるだろうな。

にしてはモダンな内容だったような??

凧に乗って飛んでいたような??

手裏剣シュッシュッ、シュッシュッシュッ、赤影がゆくー♪

4: 日本@名無史さん 2017/01/16(月) 18:27:30.53
秀吉は1537年生まれなので、1550年だとまだ13歳だからもう少し後だな。

1560~1570年頃が舞台かと。

5: 日本@名無史さん 2017/01/18(水) 19:44:27.98
羽柴秀吉になる前だから姉川の合戦以前なのは確実。
6: 日本@名無史さん 2017/01/18(水) 21:37:17.43
秀吉がまだ20代後半頃の設定なんだろな。

なんかロボットみたいなのも出てきたような?

7: 日本@名無史さん 2017/01/19(木) 03:48:09.47
だいじょーび!
13: 日本@名無史さん 2017/01/20(金) 14:19:22.12
藤吉郎は天下の静謐を願っておのれひとりの才覚で飛騨の赤影に渡りを付けたのだ
織田軍団のひとりとして信長からの命令も過酷であったろうに、まるで後年の天下統一を先取りしたような政治構想力
赤影も藤吉郎の心底を分かって見返りも求めずに怪獣・魑魅魍魎に立ち向かったわけだ
14: 日本@名無史さん 2017/01/20(金) 14:38:18.20
深いな。

幼少時はそんなこと全然分からずに見てたよ。

ただ話の内容的に戦国時代という時代設定は無理があるような気がした。

江戸後期~幕末頃がちょうど良い時代設定だったかも。

17: 日本@名無史さん 2017/02/26(日) 20:28:25.28
豊臣秀吉が木下藤吉郎と呼ばれていた頃とは1570年か。その時赤影が22歳。父親を継いで、飛騨の影一族の当主となった。秀吉亡き後は、関ヶ原の戦いで徳川方につく。その功労により、一族が十分に暮らせる領土を飛騨に家康から与えられる。その時、赤影52歳。
20: 日本@名無史さん 2017/02/27(月) 00:59:14.74
信長は琵琶湖の南を手中にしてるってことだよな。
その頃には秀吉も長浜城主で羽柴になってるだろうからいつのことだろう
21: 日本@名無史さん 2017/02/27(月) 21:53:38.60
信長上洛の年は1568年。秀吉はまだ木下藤吉郎。上洛の準備を仰せつかっていた。
1573年に浅井家滅亡のあと、近江三国をもらい名を羽柴秀吉と改める。
だから赤影の時代は1568年だね。
22: 日本@名無史さん 2017/02/27(月) 22:28:12.23
赤影を最後に見たのはもう30年以上前でうろ覚えだが、第1話での秀吉は
横山城代の設定だった。秀吉が横山城代だった時期は姉川の戦いの後。
だから1570年6月以降1573年夏の間が赤影第一部。

第三部は信長上洛前だから1568年。

24: 日本@名無史さん 2017/02/28(火) 14:21:08.72
江戸と京都を凧で飛行して往復したんだろう。
26: 日本@名無史さん 2017/02/28(火) 15:18:22.16
主演の坂口祐三郎さんはこの作品のせいで赤影のイメージが付いてしまい、その後は仕事に恵まれなかったのだそうだ。

こんなに有名なのに生活は全然ラクじゃなかったそうな。

29: 日本@名無史さん 2017/02/28(火) 20:19:11.85
人類が初めて空を飛んだ日

通説  1783年9月19日 熱気球 モンゴルフェ兄弟
実際  1568年某月某日  凧   白影

58: 日本@名無史さん 2017/03/06(月) 19:21:54.97
スレを立てた者です。生きてたんだ!うれしい!

「仮面の忍者」全4部構成。
第1部では甲賀幻妖斎率いる新興宗教、金目教の謎を暴く。
第2部では甲賀幻妖斎が卍党を率いて再登場。ぎやまんの鐘に隠された謎を追う。
第3部は信長暗殺を狙う根来忍群との戦い。巨大怪獣が多数登場。
第4部は飛騨一族の秘宝をめぐっての魔風忍群との戦い

ぎやまんの鐘って何なんでしょう?

59: 日本@名無史さん 2017/03/06(月) 19:30:36.99
マジレス。オランダ語のdiamant(ダイアモンド)から来ている。ガラス細工でダイアモンド型にカットしたもの。切り子細工みたいなもの。
このスレ、伸ばそうよ
61: 日本@名無史さん 2017/03/06(月) 20:15:30.09
diamantがきやまんならば、きりしたんはcristan、英語ならクリスチャンだな
伴天連(ばてれん)はパードレ
パードレは英語ならファーザー、教父、神父のことだな
赤影には切支丹伴天連の秘法、妖術を使う者は出てこないのだろうか
68: 日本@名無史さん 2017/03/07(火) 11:46:43.23
すっぱ抜くは忍者の別名からきた言葉なのだそうです。
秘密をあばくこと、出し抜くことからきています。

南北朝時代、楠木正成は忍者を使って敵の情報を集めていたと記録に残っています。
忍者は当時「透波」(すっぱ)と呼ばれていたそうで、彼らは敵方の様子をさぐり
その秘密を暴露する仕事を請け負っていました。それを元に、戦国武将たちは
お互いを信じきれない時代を乗り越えようとしたのです。

この透波の行動力が、あまりにも素早く意表をついたものだったことから
「透波のように出し抜く」という言葉が生まれ、それが時代を経るうちに
「すっぱ抜く」になったといいます。

70: 日本@名無史さん 2017/03/07(火) 15:10:25.02
しかし、あの黒い忍者装束を着た忍者の
ステレオタイプが固まったのはいつごろなんかの?
映画史的にはもう無声映画時代のチャンバラものでは
ああいう忍者のキャラクターは確立しており、
フイルムカットを逆用した空中消滅や、
逆回転による重力無視ジャンプなど、
世界の特撮のルーツとなるような技を駆使していたようだが。
72: 日本@名無史さん 2017/03/07(火) 18:06:17.77
そもそも「にんじゃ」という呼称も昭和以降に使われるようになったもので、
もともとは「しのびのもの」や「しのび」という名称でした。また、忍者が
活躍したのは戦国時代ですが、彼らの役割は実は戦闘員というよりはプロの
諜報員だったのです。敵を攪乱するために火術を使ったりすることもあったようですが、
一番重要な仕事は、味方の大きな損害を防ぐために、敵の城に忍び込んだり、
敵陣に紛れ込んだりして、兵糧の残り、城の構造、敵の人数などの情報を取って
戻ってくることでした。そのため装束もわれわれが一般にイメージしているような
黒装束ではなく、農民や武士などに紛れても目立たない柿色や紺の衣装を身につけて
いたとされています。

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